降車駅 第4章
第4章 『純喫茶浪漫』
第4章 『純喫茶浪漫』
『……ああ、別にいいけど』
ーなんだ?コイツ急にしおらしくなりやがって。
『本当にー!?言質取ったからね。約束破ったら、もう口聞いてやんないんだからね。』
ーかと思ったら、この反応かよ。忙しいヤツだな。
店の前に立った直人は、思わず足を止めた。
――ここか?
一見すると、喫茶店というより、昔の映画に出てきそうな建物だった。
年季の入った看板。
木枠の窓。
ガラス越しに見える店内は少し薄暗く、昼間だというのに、外の明るさとは別の時間が流れているように見える。
入口の前に立つと、なんとなく背筋が伸びた。
――純喫茶って、こういうところなのか?
澪はそんな直人を気にする様子もなく、ドアを開けた。
チリン……と、小さなベルが鳴る。
中に入った瞬間、外の喧騒が嘘みたいに遠くなった。
照明は明るすぎない。
木のテーブルと椅子。
年季の入った革張りのソファ。
床には大きな薔薇模様の絨毯が敷かれている。
――薔薇……?
直人は足元を見た。
派手なはずなのに、不思議とうるさく感じない。
壁や棚には、いつからそこにあるのか分からないような置物や装飾品が並んでいる。
天井から下がった照明も、最近の店ではまず見ない形をしていた。
カウンターの向こうには、コーヒー器具やカップが整然と並んでいる。
そして、かすかにクラシックが流れていた。
――なんだよ、この店。
直人は少しだけ周囲を見回した。
古い。
確かに古い。
けれど、汚いわけじゃない。
むしろ、ずっと使われてきたものが、そのまま丁寧に残されている。
新品の店にはない妙な落ち着きがあった。
――俺が生まれる前から、ここにあったんだよな……。
そんなことを考えていると、先を歩いていた澪が振り返った。
『何してんの? 早く来なよ』
――こいつ、慣れてやがる。
澪は何の迷いもなく、店の奥へ向かっていく。
直人はその後を追った。
そして、ふと思った。
――ここ、こいつの店なんじゃないのか?
『お! 澪ちゃん、今日はどうしたの?珍しく彼氏同伴かい?やるねぇ。最近の女子高生は歳上なんて』
『マスター、茶化さないでよね?』と言いながら直人の背中をバン!と叩く。
「私のバイト先のお客さんなのよ。この人連れてったらマスター面白がるだろうなって思ってさ。」
【……なんなんだよ、この店】
直人は拍子抜けして緊張していた自分に嘆息した。
『ん?直人、やっときたか』
「あれ? なんで叔父さんがここにいるんだ?」
『叔父さん…雀荘に行ったんじゃないのかよ』
澪が二人の話しの腰を折るように割って入った。
『ここの二階が雀荘なのよ』
「あれ? 澪ちゃんじゃないか」
「……え? なんでおまえ、叔父さんと知り合いなの?」
「え? だって、ここよく来るもん」
「あれ? 澪ちゃん、直人といるときだけ妙に楽しそうだな。いつもと雰囲気が違うというか…」
『直人…おまえというヤツは、いくら女性にモテないからって、よりによって俺たちのアイドル的な澪ちゃんと付き合うとは…。』
「えー、アイドルって何それ。マスターまでやめてよ」と言いながら照れ隠ししている。
「だから手なんか出してねえっての!」
「言い訳はいい。おまえは部屋に帰って、ギルドで酒でも飲んでろ」
「ゲームの中で酒飲んでどうすんだよ!」
「現実で飲めるほどモテる男になってから言え」
「叔父さん、ひどくない?」
「このふたりって……なんだか……」
そして澪は、ふと自然に笑みを浮かべる。
「……何笑ってんだよ?」
「ううん。なんでもない」
「またいつもの席か?」とマスターらしき人物は窓際の席を指差した。
「学校はどうだ?」
「まぁまぁってとこかな」
「バイトはどうだ?浦川さんと上手くやってるかい?」
『あのおばちゃん、厚かましいし、小言は煩いし、いちいち絡んでくるのよね。』
ーいやいや、俺に絡んでくるおまえもな!と直人は口には出さない。
『なぁに突っ立ってるわけ?ここ来て座れば?』と澪は、鉛筆で向かいの席を指差す。
『…えっ?座ってもいいわけ?』
『勉強教えてくれんじゃないの?』
『はぁ…?あれは刑事をやり過ごすための嘘だろ?』
『ああ、あれね?嘘よ』
『どっちが?』
『君たちはずいぶんと仲が良いね?本当は付き合ってんだろ?』
『な、何いってんすか?まだ知り合って二回目なんですけど…』
『澪ちゃん、気をつけなよ。どこの馬の骨とも分からないような男にヒョコヒョコ付いて行かないの』
『お、叔父さん!冗談じゃないっすよ』
『クスクス…うふふ…』
澪が二人のコントを見てケタケタと笑い出した。
『おまえも笑ってんじゃないぞ?』
『いいから、座れば?』
直人は澪の向かいの席にカバンを投げるとようやく腰を下ろした。
『なあに?女子高生相手に緊張してんの?女子高生はガキなんでしょ?』
『はぁ?おまえ、根に持つタイプか?まだあんな事、気にしてたのかよ…』
『別にぃ…』
お待たせ…とマスターがコーヒー二つとハムエッグサンドのセットを運んできた。ホットサンドからは微かに湯気が立ち込めて、挽きたてのコーヒーの香ばしい香りが鼻をくすぐった。
『うわぁ…美味しそう!ねぇ、食べましょ?』
ホットサンドの隙間からはチーズが蕩け出ていた。
『いいのかよ…?一皿一人前しかないじゃないかよ。』
『しかも、ベーコンじゃないし…』
『女子高生が二つも食べるわけないでしょ?こんな時間から。太るわよ』
『てかさ、案内してくれるだけじゃなかったのかよ』
『何?わたしと一緒にいるのが不満なわけ?嫌なら帰るけど…』
『そうは言ってないだろ?』
『あ!分かった…照れてんだ。やだねー、やらしい』
『叔父さんはまた雀荘に戻るんでしょ?』
『まあな。おまえたち二人の夫婦漫才見せられてもつまんないしな。麻雀していたほうがよほど楽しい。男同士の駆け引きの世界だ。浪漫がある。この店のようにな…なんてな。』
『め、夫婦漫才って…な、何を言ってんの、それにさ…
『叔父さん…つまんない』
『だな。おまえを見てる方がよほど面白いよ』
『だよね!?ひろたん!この人、めっちゃオモロいだよ』
「澪ちゃん、それ人前で言うなよ……」
とか言いながら、叔父は実は嫌がってない。
そこへ直人が、
「なんで俺の叔父さんが、おまえに“ひろたん”なんて呼ばれてんだよ……」
「え? だって昔からそう呼んでるし」
「ねぇ……ひろたんってさ。シブい男だよねー? そう思わない? 直人」
直人は、
「いきなり下の名前で呼び捨てかよ。普通ならここは、桐谷さんとかさ」
「おまえなぁ……まだ俺たち二回しか会ってないぞ?」
『あ、直人…そういえばさっき刑事が何とかって、言ってなかったか?』
『ここに来るときに、路肩で止められたんですよ』
『本当なのかい?澪ちゃん?』
『それがさっ、可笑しいの!この人、職質されてんのよ!女子高生を連れて歩いてるもんだから!あははは!』
『しょ…職質だとぉ!?直人…おまえって奴は!』
『じょ、じょーだんじゃないっすよ!違いますったら!』
『どういうことだ?』
『このまえ、俺の部屋を訪ねてきたんです。』
『正直に言えば、何も咎めないから言ってみなさい。』
『だからー!こういう事です…』
『なるほどね、で、その男のことを聞かれたわけか。』
『ま、電車の中で見かけた人がいるってことは、お前のとこにくるよな。』
『そういうこと!分かった?』
『ねぇねぇ、いったい何なのよー、私にも分かるように説明してくれる?』
『うん…実はな、澪ちゃん』
『どうしたの?ひろたん…いつになく神妙な面持ちじゃない。らしくないなぁ。』
「直人はな、人にはちょっと言いにくい能力があるんだ」
と切り出した。
「ちょ、叔父さん!何もいきなりそんな事言われても誰も信用しないって。びっくりするだろ?」
「能力?なんか面白そうー」
「電車に乗っている人間が、どの駅で降りるか分かるんだ」
「……は?」
澪は、直人の方を振り返り顔をマジマジと見た。
直人は否定できずに、俯き加減で床に目を向ける。
「俺が知っている限り、こいつが嘘をついてるわけじゃない」
「俺にもどういう仕組みなのかは分からん」
「直人にはそういうものが見える」
だから今回、刑事が直人を訪ねてきたと聞いて、
「ああ……あの能力のことか」と思ったわけだ。」
「……まあ、詳しい話は直人から聞け」
叔父さんは、俺の能力について、詳しいことは直人から聞けと言って、2階の雀荘に向かった。
手には、マスターが作った軽食を持っていた。
ずいぶんと昔…そうだなぁ。俺がまだ幼稚園にも通ってなかったくらい幼い頃。
俺には、2歳上の兄がいたんだけど、その兄が幼稚園に通って家に居なかったから、ひとり外で遊んでいた。
小さな頃って、まだ知識も乏しい。俺は高い壁沿いの道を歩いていて、その壁に登るように上がっていた。
大人になった今ならそんなに、高くは感じないだろう。
あの頃は、世界が何もかも大きく広く感じていた。
その壁の天辺も、それは高かった。
下を覗いてみたんだ。どれくらい高いのかな?と。
その瞬間だった。俺は真っ逆さまに地面に叩きつけられたんだ。そして、気を失った。
午前中だったこともあり、周りには誰一人としていなかった。車の一台も通らなかった。
どれくらい時間が過ぎていたのか分からない。
目を覚ましたときに、頭に激痛が走り、咄嗟に思い出したように泣き喚いた。
泣きながら、家に帰った。そのあとのことは覚えていない。
それからだ…。俺の目に映る世界が微妙に変化していたんだ。
人の顔を見ると、その人が”行く先”が見えるようになったんだ。まだ幼かったからね。それが普通だと感じていた。
特別な能力だとは思わない。
だってさ、人の行き先が見えたところで何の役にたつ?
一種の未来予想なのかもしれない。
だけど、ただそれだけだ。俺自身に変化が起こるわけでもない。周りが変わるわけでもない。
中学生に上がった頃だ。思春期になった頃あたりから、人の行動というものに興味を持ち始めた。
何故なら、好きな子を学校の屋上に呼び出して、その子に告白したんだ。
その子は、顔を赤く染めながら顔を縦に振ってくれた。それから俺たちは付き合いだした。
3か月が経った頃に、”それ”は起こった。
梨沙ちゃんという娘なんだけどね。梨沙と週末にデートの約束をしたんだ。
俺は約束の場所に、20分早く着いて彼女を待っていた。
しかし、梨沙は約束の時間に来なかった。俺は女の子だから準備に時間がかかっているんだろうと、少しも疑わなかった。1時間が経過した頃に、さすがにおかしいな?と思って彼女に、連絡したんだ。
彼女は、遅れてきたよ。ごめんね。待ち合わせの場所を間違えたと謝っていた。
そして、急用が出来て家に戻らないといけないと言ったんだ。
もちろん、責める理由などあるはずもない。俺は彼女に早く帰るように促したよ。
彼女は謝って、自宅に帰っていった…はずだった。
おかしかったんだ。彼女を見ると自宅のある方向に向かっていたんだけど、行き先が違うんだ。
だって俺には相手の”行き先”が見えてしまうから。
俺は詮索したらダメだ。と思いながら好奇心を抑えること出来なかった。
『それで?その彼女どうしたのさ。直人』
『ん?この先、言わないとダメか…?』
🎧 Chapter Soundtrack
『downtownⅡ』より