感情のない純情 第5章
第五章 真夏と将暉
第5章 真夏と将暉
ぷるるるる…。もしもし?相場さんのお宅ですか?
将暉くんは帰っておいでですか?
その声は真紘ちゃん?将暉は学校から帰って、バイクの道具一式持って出かけたっきり帰って来ないのよ。あの子、スマホはガレージに置きっぱなしだし、どこほっつき歩いてるんだろうねぇ。
お母さん…バイク道具一式って言いましたか?
ええ…うちの人が将暉が飛び出しいくのを見たらしくて。
将暉くん、お父さんに何か言ってませんでした?
さぁ…私は聞いてないねー。ちょっと待ってね。
一分ほどで将暉のお母さんが受話器越しに戻ってきた。
うちの人が言うには、バイク直しに行ってくるって、飛び出していったらしくて。
…バイクを直しに?
たぶん、真夏ちゃんのバイクだと思うわよ。
うちの人が、将暉はまだ半人前だから真夏ちゃんのバイクが壊れたから直しに行ったんじゃないかって。
…どこに行ったか聞いてませんか?
そこまでは、言わなかったらしいわよ。何だかすごく急いでいたらしくて。もうこんな時間だしね。真夏ちゃんと合流していればいいんだけど。
…分かりました。こちらが何か分かったら、お母さんに連絡します。ぷー、ぷー、ぷー。と通話を切ったスマホは真紘を悲しくさせるくらい心に滲み渡る。真紘はスマホを苦々しく見つめるだけしかできない。それは心を隙間風のように擦り抜けていく。
…いったいどこ行ったのよ二人して。
将暉と真夏は、コンビニから配車の手配をして、動かないlittleちゃんを将暉の自宅まで配送の手続きを済ませたところだった。将暉…どうする?このあと。
まず、旅館かホテルを探すか?真夏はどうする予定だったんだよ。うーんと、バイクが故障してなかったら行けるところまで行って、その辺の宿泊施設を探す予定だった。
あのねぇ…夏休みだよ?世間では。当日キャンセルでもないかぎり、空き室なんてあるわけないでしょ?
…知るわけないでしょ!旅行なんてしたことないし。
将暉、どうする?ねぇ…どうしよう。
とりあえずさ、ネット検索して空き室のあるホテル、旅館を徹底的に調べまくろう!と、2人で手分けして当たってみる。
しらみつぶしで電話をかけまくってみること30分。
さすがに、どこも埋まってるなぁ。漫喫かカラオケに部屋借りよう。…そうだね。行こ?ああ…そうするしかなさそうだ。
…この人って、追い込まれると本領発揮するタイプなんだよね。その辺、頼り甲斐あるよね。真紘が言うところの化けるってヤツだね。うふふ…。
真夏ちゃん…またへんな想像して思い出し笑い?
エッチなやつ。
な、何ぃ!私がエッチだとー?と真夏は将暉の腹部に肘鉄を喰らわす。
…でも、真夏って、確かもう経験してるんだよな…ってことは、もう見たことあるんだよな。男の…。と想像の中を思い切り膨らませていく。そう考えただけで、将暉は胸を締め付けられる思いだ。何故かは分からない。十代とはそういうものだ。
好きな人には誰にも触れられたくない。見せてほしくない。触れてほしくない。
真夏と歩きながら、左を並んで歩く彼女を見つめる。
ん?なあに?将暉。
ん、いや…別に。
…将暉、おまえ男だよな。男ってのは大切な人、好きな人を命をかけて守ってあげるんだ。分かるな?母さんたちには、黙っててやる。おまえの好きなようにしてみろ。ただし、後悔だけするなよ。真夏ちゃんのこと、頼んだぞ。いいな?
…オヤジ、サンキューな!てか、オヤジもやるよな。軍資金まで振り込んでくれてよ。ありがたいよな。持つべきものはやっぱ、親だよな。出世払いだけどね。
…お金が必要だろ?女の子と一か月ばかり旅行するんだ。
…がんばれ…
オヤジの最後のセリフ「がんばれ」って、どういう意味だ。
やっぱ、そういう意味だよな。あの「間」はそういう意味だろ?男になって戻ってこい…そういう意味だろ?
俺は子供の頃からの趣味は、貯金することしかなかった。中学に入った頃からオヤジの手伝いをするようになって、家業のバイクショップの後継ぎになろうと決めた。貯金を今回の旅行ですべて使い果たすつもりだ。オヤジに借りた軍資金はいざとなったら使う。あとは、真夏がバイトで貯めていた「この夏の計画」の旅費。あわせれば、一カ月くらいはゆとりある旅行が出来るはずだ。
とりあえず近くの漫喫のカップルシートに入ると明日からの宿泊施設や計画を立てることにした。
ひとつ、聞きたいことがあるんだけどいいかな?
何?と真夏は少しばかり神妙な赴きを見せた。
この旅の目的って?拓也さんの後を追うって、どういう意味?口は硬く閉ざされて珍しく険しい。
俺にも話せないことなの?無理には聞かないけど。
真夏は少し視線を逸らして考える素振りを見せたが、意を決して話し始めた。
真夏はスマホの電源を入れると、拓也の送ってきた一枚の写真を将暉に見せた。
これって、拓也さん?
うん。ごめん…
何で謝るんだよ。
…でね、この写真が原因なんだ。
拓也がまだ生きていたときに、私に言ったの…。
いつか…いつか真夏と一緒にこの景色を見たいって。
あの人、この景色を一緒に見るまえに亡くなってしまったの。
私の心の中にいつまでも、それが痼りみたいに溜まって取れないの。
この痼りを除去しないかぎり私は「次」に進めない。
だから、高三になってからバイトして資金を貯めて行こうと思ったの。
そうだったんだ…。それでここはどこなの?
それがね…それが分からないから探しに行くの。
分からないだってぇ?行く先不明?行く当て分からず?
うん。…ごめん。
将暉は真夏のひどく落ち込んだ顔を見つめていたが。
そして、真夏の両手を握りしめて言った。
…なら、なら一緒に探しに行こうぜ!な?
いいの?一緒に付き合ってくれる?
当たり前だろ?どうせ、乗りかかった船だ。最後の港が見えるまで漕いでいくさ。
それだけ?ねぇ…それだけの理由?
…え?そ、それは…(俺も男じゃないか、何で面と向かって好きだと言えない?怖いからか?)
真夏を見ると、ジッと見つめて将暉の返事を待っている。
ぷるるるる…。あ!スマホ鳴っちゃった!真紘みたい。
どうしよう…。すると将暉が真夏のスマホの電源を切った。
邪魔者はいらない。俺たちの逃避行は邪魔させない。絶対。
真夏の顔がしだいに綻んでいくのが分かる。うん!
まるで、何かから逃げてきたみたいだな。俺たち。
二人は顔を見合わせてケラケラと腹を抱えて笑っていた。
何だか真夏との距離が身近に感じられた。真夏は俺の腕に触れながら肩を叩いて「もう、やだー」と半分冗談混じりのイタズラっぽいあの笑顔を作った。俺は彼女の笑顔を見ると幸福感で満たされてゆく。
あたりに吹く暖かな風も毛布のように俺たちふたりを包み込んで一色単になっていくように感じられる。気持ちがバラバラだった過去。それが少しづつであるが、剥がれ落ちてゆき、同じ目的に向かって一緒に乗り越えようとしている。それは一の字繋ぎの旅に相応しい。心が満たされていくようだ。
俺をみる真夏な瞳が夏の日差しをたっぷりと浴びて俺に燦々向けられている。俺は真夏の屈託のない笑顔に彼女のおでこを指で押す。コイツってね。真夏は嫌な顔ひとつしない。
誰も俺たちのことを知らない見知らぬ土地で2人の心は満たされて解放されていくようだ。
「奥さん?新婚旅行?」など言われても、彼女は「はい!どこかオススメのスポットはありますか?」など俺の腕に手を回して返すくらいの冗談までやってのける。彼女自身がこの状況を楽しんでるようだ。
だけど…聞けない。まえに言ってた。好きな人のこと。
好きな人がいるの…ごめんね。と言ったあのこと。
いったい誰のことが好きなんだろう。
将暉は私のことをどう思ってるのかな?
前に好きな人がいて、付き合ってて、その人に私の全てを捧げて。レイプされかかって。たぶん、どこまで暴行受けたのかなって、思ってるはず。そんな人に好きなんて思われたくないんじゃないかな。私…傷モノだよ。将暉。それならいっそ、真紘みたいに身長も私より高くて、スラっとしてる頭の良い女子がいいのかもしれない。
私は、最近自分を失ってる。あれから心のノイズみたいなものが全く聞こえなくなった。どうしてなのか分からないけど。
あらゆる自然の声や音、人の会話や囁き、雑音も今ではしない。これが普通の世界なのかな。
どうした?真夏。
ん?ううん。何でもない。何でもないよ…。
どうしたんだろう。急に元気が無くなったみたい。やっぱ、拓也さんを思い出してるのかな。そうだよな。この旅の目的だもんな。分かってるし、俺も真夏に協力したいと心の底から思ってる。思ってるけど…。やっぱ、拓也さんには勝てやしない。
亡くなった人は、最強だ。無敵でそれを越えることなんて出来やしないんだ。拓也さんとの思い出に浸ってるだろうな。
将暉はどうしたんだろう。やっぱ私のことをそう思って、お情けで付き合ってくれてんだろうな。哀れな女だって。
幼馴染だから、仕方なく手伝ってくれてるんだろうな。
何だか私って、惨めだな。
将暉…どうかした?元気ないみたい。
ん?ううん。何でもない。何でもないよ…。
はぁ…。と、2人は示し合わせるように、同時にため息を吐く。

真夏…ちょっと座らないか?そこに。
将暉が指を指した先には、海岸線に夥しい数の消波ブロックが並んでいた。防波堤の向こう側だ。
その向こうには、夕日が水平線に同化しようしてる最中だった。オレンジ色と手前の濃い青色がキラキラと表面で輝いて光を放って眩しいくらいの暖色を二人の悲し気な顔に反射している。
うわぁ…綺麗じゃない?ね?将暉…。
だな…こんなに美しい景色なんて、俺たちには滅多に見れないぜ。
なぁ…真夏。
ん?何?
あのさ、過去は過去なんだ。いくら考えてても修復は不可能だ。そんなものはさ。あの向こうの夕日と一緒に沈めてみないか?な?くだらないネガティブなことなんてさ。
俺は真夏の明るくて無邪気で活発なところが好きさ。
いつも皆んなのことばかり考えてて、自分を犠牲にしてでも他人を助ける。
それは君にしか出来ないことだと俺は思ってる。
それでいいんじゃないかな…。
また2人で明日も登る朝日を見れるだけで俺は嬉しいよ。
それだけで満足なんだよ。だって綺麗じゃないか。
朝日も夕日も見ているだけで、そのときだけは、全てを忘れさせてくれる。
太陽って、なんか与え続けるだけで見返りは求めないんだぜ。
まるで、真夏みたいじゃないよ。君は太陽みたいな存在だよ。
…な?まな…つ?
将暉は、左側に座っている真夏の方を振り返ってみると。
将暉の唇には温かな温もりが重なっていた。ただ、触れてるだけのような、そんな感覚に襲われて、身体が硬直してしまった。両手が下にピンッと張って身動きが取れずにいた。
2人の唇がこの世で初めて重なった瞬間だった。
真夏は、なおも唇を離さない。そして将暉の首に両手を回すと背中を抱き寄せた。
将暉には、永遠の時間に感じていた。
このまま止まって欲しかった。いつまでも。
真夏は目を閉じてる。その顔の表情は微笑んでるように見える。そのとき、真夏の両目から涙が止めどもなく溢れ出した。
将暉は心拍が早まってるのが分かった。
ドキンッ!ドキンッ!ドキンッ!真夏の身体を通して彼女の鼓動も伝わってくるようだった。
しばらくして重なっていた唇がゆっくりと離されてゆく。
2人の唇の間には、唾液の糸が掛かり夕日を浴びてキラキラと輝きを増している。
真夏はゆっくりと目を開けていく。
将暉には全てがスローモーションのように感じる。
その目は愛情たっぷりの輝きに満ちていた。
首を傾げるような仕草で瞳で真っ直ぐに見つめくる。
目尻に笑い皺を作りながら呟く…
将暉ぃ…将暉。いつも、いつもありがとう…
そのお礼だ。感謝しろよ。この幸せものめ。
と、離された唇を手の甲で軽く拭いながら、さらに
真夏はひとこと…
将暉のファーストキス…奪ってやったぞ。
他のどんな女にも譲りたくないキスだ。
誰にも譲りたくなかった…。これだけは。
温かい言葉をかけてくれて、ありがとう。
私の心の中からホカホカと温まっていくのが分かった。
こんなのは初めてだよ。
優しいね…。えへッ。何だか恥ずいじゃん。
あんまこっち見んなよ。照れるだろ?
なんだよ。将暉…震えてる?
どうだ。ファーストキスの感想は?
真夏姉さんに聞かせろ。
…は、はい。美味しかったです。
あはッ!なんだよ、それ!あははは!将暉らしいよ。
行くか?
…だね!行こうか。寝る場所無くなっちまう。
あ、いっとくけど添い寝は無しだぞ?
えー?キスまでしといてか?
お預けだ…まだな。
ん?なにを?
はは!鈍いヤツ…。相変わらずトロいやつって意味だ。

…将暉。ありがとね。さっきまでの心に残ってた蟠りがスッと消えてく感じだったよ。と、真夏は将暉を見ながら思っていた。この人は私がそのときにかけて欲しい言葉をサラッと投げてくることがある。不思議な感じだ。その言葉が、その時の心境にズッシリと響くんだよね。たぶん、深く考えてないだろうけど、かえってそれが新鮮で嘘がない心から溢れ出てるこの人の気持ちの表れなんだろうな。
将暉はどこに行ったんでしょうね。あなた。
あいつはもう立派な大人だ。自分たちで歩くべき道を探してるところだろうな。
今は親が関与しなくても二人で乗り越える力量が試されてるんだ。アイツは今、自分の未来と戦ってるはずだ。自分の人生を生かすも殺すも今にかかってる。
二人で何かを見出して成長して戻ってくるさ。
二人?ああ、二人だ。ある意味で「一皮剥けて」帰ってくるはずだ。なぁ思い出さないか?俺たち二人の若い頃を。
あの二人はあのときにそっくりだ。
あなた、何かご存知なんですね。さあな。と将暉の父親はテーブルに置かれた冷えた麦茶で喉を潤した。
しかし、今年は暑いなぁ。いろいろ。いろいろと暑い季節だ。
と団扇でバタバタと仰いだ。その目はどこか遠くを見つめているようだ。今頃何やってんだろうな。
「アンタさぁ…どうすんだよー!寝るところなくなっちまったじゃん。将暉がトロトロしてっからだろー?」真夏は怒るというよりも慌てふためいてる様子。彼女にしては珍しい。いつもなら堂々として「来るならこい」という心構えで自らブーストアップする勢いなのに、今日はまるで正反対だ。
…さっきまでの甘い雰囲気はどこいった?と、将暉は心で呟いていた。それはもう苦虫が噛み潰したような顔つきだ。
お腹空いてないか?とりあえず後ろに乗れよ!街までいけば、何かあるだろ?二十四時間営業のファストフードとかさ。お腹を満たしてから考えようぜ。
うん!と真夏の顔つきも綻んだ。
ばるるるるん!ぶるんぶるん!将暉の愛車x350が軽快に吠える。真夏はリアシートに滑り込むと将暉の身体に密着させて、腰に手を回す。
…将暉の背中、案外広い。それに…なんだよ、意外と逞しいね。しかも、温かい…。
真夏ッ!ちゃんと掴まってろよ!ぶるるるッ!
ひええー!将暉!怖ぇーよ!
だが、将暉にはまったくもって聞こえてない。
なんか言ったかぁー?真夏ッ!
何でもなぁーーいッ!コイツ何にも聞こえてねぇな?
よぉ〜し…。
将暉ぃーーー!!!だぁーーーいすきぃ!!
どうせ、聞こえてないでしょ?コイツ。言ってやったぜ。と、真夏は再び将暉の背中にしっかりと密着させて自分の身体と命を預けた。
…将暉。頼りにしてるよ…。わたしをどこまでも連れてって。
いやいや、じゅうぶん聞こえてっから…真夏。
自分が声デカいことに本人気づいてないな。さては。
よぉ〜し、こっちもフラストレーションアップだ!攻めっか!
掴まってろよー!ブンブンッ!ぶるるん!
キャァァァー!真夏はx350の加速を肌と身体で感じて、高揚感に拍車がかかる。次第に身体中が熱くなり、心拍数も上がっていく。高鳴る胸と目が覚めるようなスピードに興奮状態が止まらない。
バイクが前に進むというよりも周りの景色が後ろへとぶっ飛んでいく勢いだ。風を切って走っていく爽快感がたまらないのだ。「もうッ!めっちゃ最高ぉー!」
将暉は、「胸が…真夏の胸が背中に当たる…」
将暉は道路沿いにホームセンターを見つけて駐車場に入っていく。将暉はヘルメットのシールドをあげると、「備品買い足したいから入ってみよう…」と真夏に告げる。
将暉は閉店間際の店内でバイクに必要な備品を選ぶと戻ってきた。サイドバッグを2つ取り付ける。安い品だけど、今は仕方ない。応急処置だ。
「この中に必要最低限の旅行で使うものを入れとこう。俺はいいけど、真夏は女の子だからな。必要なものをあとで買ってこの中に収納しよう」
「将暉…そこまで考えてくれてるんだ。優しいね。本当に」
「…ったりまえだろ?困るのはいつでも女の子なんだ」
圭介…久しぶりに来てやったぞ。慎一は片手に日本酒七合瓶を持って山間の路肩の稲荷祠に来ていた。この時間になると人通りもなく、ましてや車が通れる道幅はない。二人でゆっくりと話すにはとても良い時間帯だと言える。
どっかりと腰を下ろして持参したコップを2つ置くと並々と注いだ。そして、二つのうちのひとつを祠にお供えする。
チンッ!乾杯だ…。
おまえが死んで何年になる?6年か7年か?そろそろ7回忌をしないとな。慎一はどこか遠くのほうを見つめるみたいに感慨深い表情をした。まだ夏の夜だ。風もなく蒸し暑い。持ってきた団扇で首元を仰ぎながら続けた。
そっちはどうだ?上手くやってるか?と慎一は、グィッと飲み干して、さらに注いだ。
あの子は、元気だ。おまえに似て明るいし活発な子だよ。
奥さんの仁美さんのほうに似てたらお淑やかで大人しく育ったんだろうがな。はは…。と口元を緩めて目尻にシワを作る。
よく言ってたよな?お互いに子供ができたら、結婚させようってな。そしたら、お前が男同士、女同士だったらどうすんだ。って笑いあったっけ。将暉は、まだまだ未熟者だ。あの子を幸せにできるか、まだわかんねぇ。だがな、二人の相性は抜群だ。そう思ってる。素直じゃないところまで似ちまうことはないのに。しかし…
どんな苦難があっても、あの二人なら乗り越えていくだろうよ。俺たちは温かく見守ってあげようじゃないか。
ま、任せておけ。おまえと仁美さんのぶんまで俺たち夫婦が見ててやるからよ。おまえたちは安心してあの世から見守っててくれ。慎一は木々の隙間から顔を覗かせる月を見た。酒を酌み交わすにはうってつけの月だ。稲荷寿司でも食べてくんな。周囲の木々がサワサワと騒めき始めて囁いているようだ。
しばらくすると帰宅する。「あなた、どこに行ってらしたんですか?」
「ん?ああ、親友と酒を酌み交わしてたんだ」
「もうそんな時期になりますか?早いものですね」
「そろそろ真夏ちゃんに料理でも徐々に教えてあげてやってくれ。将暉の好きなもののレシピをな」
「あの二人…上手くいきますか?」
「大丈夫だろ?俺には女の子のことはよく分からん。おまえが見てやってくれ」
「分かってますよ」
潮風を切り裂くように、Harley-Davidson X350が海岸線沿いを疾走する。エンジン音は海のさざ波に溶け込み、深い轟きが二人の鼓動とシンクロする。太陽が水平線の彼方へと傾き、オレンジとピンクに染まった空が広がっている。
運転する将暉は前方を真っ直ぐに見据え、真夏は後ろからしっかりと将暉にしがみついている。将暉のジャケットの背中に、真夏の指先がしっかりと触れている感触が伝わる。真夏の笑顔は風の中で弾けるようで、風に髪が舞うたびに楽しそうな笑い声が混ざり合う。
道沿いに連なるヤシの木々が後ろに流れ去り、波が白く砕ける海岸線を彼らは駆け抜けていく。海の潮の香りとバイクの排気の匂いが交じり合い、自由と共に走るその瞬間、二人だけの世界がそこに広がっている。
この疾走感に二人は、酔いしれながら風を前方から受けて走り抜ける。二人はお互いの鼓動を身体で体感しながら、共感しあっているのだ。真夏にとって、こんなに心地よい体験は初めてだ。

こいつは昔から泣き虫で、いつもピーピー泣き喚いていたっけ?真夏ちゃん、真夏ちゃん。ってさ。
近くに住んでるいじめっ子にいつも虐められたな。
でも…あのときは違ったな。
将暉のおじさまとおばさま。私の両親と家族ぐるみで仲が良くて、よく家族旅行とか行ったりしたっけ。あはは…懐かしい。
それでお土産を買いに二人で選んで買ったキーホルダーとか。
あれ、どこにやったんだっけ。忘れた…。うーん。確か。
あ!そっか、虐めっ子に取られたんだ。
嫌な野郎だったな。そしたら、将暉のやつ…。ひ弱で臆病で意気地なしのくせに。ボロボロになっても諦めないで。取り返しに行ったっけ。私がもういいから!って、言ったのに聞かなくて。真夏の宝物を返せよ!って。あのときの顔が忘れられない。あの顔が今のこの人の顔つきに似てる。クスッ。
取り返してくれて、私はランドセルにつけてたのに、将暉は付けてなくて。
私…将暉は、私との思い出なんてどうでもいいのか…って。私のことは好きじゃないんだ。って、傷ついて泣いてたら、この人ったら…。今でも笑える。
真夏とお揃いのキーホルダー無くしたくないから、きちんとしまってあるんだ!って。キーホルダーなんて、また買えばイイじゃん。一緒に付けてるから嬉しいんだよって、言ったのに。
あのときは、あの瞬間でしか体験出来なかった思い出がある。
だから、絶対に無くしたくないんだって。
そうよね…この人は、ずっと、ずっと私のそばにいて私を見つめてて、見守ってて…。弱虫のくせに。私のことになると人の数倍の力を発揮して、絶対に必ず守ってくれてた。
私…いつから自分自身を見失っていたんだろう。
そんなことすらも忘れていたなんて…
いつも一緒だったじゃない…私たち
…アンタは小さな頃から泣き虫で私にくっついて
離れなくてどうしようもないヤツで。
私みたいに気が強くて心移り激しい女にさ。
アンタそっちのけで他の人好きになってさ。
その人に、心も身体も私のすべてを捧げた。
どうしようもない女なんだよ。
アンタに相応しくない、ダメな女なんだ。
将暉は、真紘みたいなしっかりした頭の良い女がお似合いなんだよ。その方がきっと幸せになれるはずさ。
私がいつまでもアンタのそばにいたら、アンタを苦しめるだけなんだ。そんな顔…見たくないな。わたし。
真紘ならきっと、アンタを陰で支えてくれるはず。真紘はそういう女だ。これからは私がアンタの幸せを見守っててあげるからさ。来世では一緒になろうね。そのときは、あなたしか見ない。あなた意外は考えないように努力する。保証は出来ないけど…へへ。バカみたい私。なんで泣けてきてんだろ。
真夏の頬を伝って流れる熱いものは、真夏の思い。
抑えていた本心、遠ざかるもの、手の届かなくなる心。
私どうしちゃったのかな。涙が溢れ出して止まらない…。
それはレールドに隠されて見えない。
苦しいよぉ…ねぇ。この胸の奥の軋む音…何とかしてよ。
いつも、いつも私を助けてくれたじゃない。将暉!将暉!
心の中が引き裂かれてゆくよ…。ズタズタに。
片思いって、こんなにも辛いんだね。私、知らなかった。
将暉とは幼い頃から一緒に過ごしてきたたくさんの思い出が詰まってる。一緒に乗り越えてきたんだっけ…。
真夏は、将暉の背中に顔をしっかりと密着させると、腰に手を回して彼の鼓動を感じていた。シールド内を涙で濡らしながら。この人の前でなら、私は本来の私自身になれるんだっけ。
他の人の前では表向きの自分なんだけどな…不思議なやつ。
つい、虚栄心が出ちゃう。うぬぼれてんのは、私じゃないか。