感情のない純情 第3章
第3章 真夏の記憶
叶わないよ…
lyrics ayami hoshino
入り口のカタカタする音に
敏感になってる今のわたし
思わず呟くおかえりの台詞
この部屋で過ごした時間
わずかだけど貴重な日々
思い出すと涙が溢れる
あなたと撮った奇跡の写真
二人で作ったハートの記し
手撮りで撮ったその写真
ブレてて思わず吹き出して
二人で笑ってた懐かしい
今では色褪せてる黄昏時
鞄の中のスマホの着信音
敏感になってる今のわたし
思わず躊躇う電話越しに
朝まで語った大切な時間
わずかだけど大切な日々
懐かしむと胸が痛くなる
あなたと交わしたLINE
お互い送ったハートスタンプ
手ブレ写真を貼り付けて
送信したら思わず吹き出す
二人で微笑んでた懐かしい
今では消去したあなたの番号
黄昏時に思わずキュンとなる
あなたを大好きだった頃
二人で語ったこれからのこと
叶わないよ、今となっては…
Copyright© .24 ayami hoshino
最近、僕の中でちょっとした事件が起こった。
うちのクラスに都会からの転校生がきたんだ。名は鴨居祐介。東京の高校からきたらしい。東京…と聞いただけで、気が引けてしまう。都会育ちでオシャレなイメージだから、気後れする。
別に転校生が来ることに問題はない。ないんだけど…。
「あ…ま、真夏ちゃん…おはよう」
「あ、将暉!おはっす!」
と、挨拶を交わすだけで僕の横を素通りされてしまう。
なぜなら、鴨居くんを校舎内を案内して回ってるからだ。
学年委員長は下りたはずなんだけど、彼女は責任感のある子だから、買って出たらしい。
「…ま…将暉…将暉!聞いてんのかよ!アンタ」
は?振り返ると真夏ちゃんが鴨居くんと立っている。
「バイク?どうなんだよ?あれから…。何も言ってこないじゃんか、アンタ」
「あ、ああ、バイクね。順調さ。部品を取り寄せてる」
「あっそ、よろしくぅ〜」と去っていく。と背中を見せて片手を上げて振ってる。
振り返ると、鴨居くんと笑いながら歩いていくのが見える。彼女は、笑うときに手で口元を隠しながら、鴨居くんの肩を叩いては満面の笑みだった。
鴨居くんも両手を左右に開きながら、何やら説明して、時折り真夏ちゃんの背中を押してる?支えてあげてる?ように見える。
こんな場面を見せられたら、高三の彼女なしの暗いオタク気質な僕はネガティブ思考、真っ逆さまだ。
崖から突き落とされたイメージで失意のドン底に落とされたようなものだ。
いったい、なにが楽しくてあんなに笑ってたんだろう。あんな笑顔の真夏を見るのは、久しぶりのような気がする。
僕の前では、笑顔すら見せてくれない。見せるのは、ため息と怒った顔と罵声とも取れる口調くらいなものだ。
「はぁ…」とまた、ため息。僕は帰り支度をして、校舎をあとにする。すると目の前に真夏と鴨居祐介が歩いている姿を捉えた。
「あッ…」と僕は、方向転換して別の道から帰ることにした。
「将暉くん!」と声をかけられて振り向くと真紘が立っていた。
「どこ行くの?君んち、あっちじゃなかったっけ?」
「あ、いや…ちょっと向こうに用事があるんだよ。寄り道するとこがあってね。じゃあ、また明日ね」と将暉が歩きだすと腕を掴まれる。
「あっそ、じゃあ、私もこっちから帰ることにする」
「さ、行きましょ?」
「え?あ?はい。行こうか…」
無言のまま、しばらくダラダラした時間がまったりと過ぎていく。将暉にとっては、果てしなく長く感じられる。
横目で真紘を見るとずっと付いてくるようだ。
「ん?何?」
「え?いや、どこまで付いてくるのかと…」
「私は将暉くんが、どこに行くのか興味あるだけよ」
「どこ行くの?」と真紘は訝しげな顔つきをした。
「さぁ…どこだっけ?あはは…」と、将暉飄々した面持ちだ。
真紘は、立ち止まり将暉のほうをみた。
険しい顔つきを崩さない。
「あ、あのぉ…何か怒ってらっしゃる?」
「ふぅ…」と深いため息を漏らす。真紘。
意を決したように、重い口が開く。
「将暉さ、私に何か言いたいこと、聞きたいこと、相談とかあるんじゃないの?」
「いやぁ〜特にないかな。はは…」とその顔は辛そうな顔色だ。
「ふ〜ん。絶対ないんだね?」
「な、無いよ。別に…」真紘は見るからに不安気な顔で全く信用していないことを物語っている。
また歩き出す。
「送ってくよ。真紘ちゃん…暗くなってきたし」
「そう?ありがとう…近くまででいいよ」
また、地獄の時間が流れる。
…何かしゃべんないとなぁ。気が重いなぁ。なんだか。
「あ!そういえば、転校生の鴨居くんと喋ってみた?」
「女子の間ではやっぱ話題沸騰中だよね?やっぱ」
「イケメンだし、都会育ちのオシャレなやつでしょ」
「私は興味ないけどねぇ。真夏が入れ込んでるみたいだね…」と将暉を見つめる。
「な…なんかさ」
「ん?何?将暉」
「なんか、鴨居くんみたいなクラスメイトが来たら、自信なくすよね」将暉は立ち止まってうつむき加減のまま、両手に握られた拳は硬くなってた。身を震わせているようにも見受ける。
「将暉、そんな事を考えてたの?分かるけどね。その気持ちは」
「だけど、いつまでも逃げてばかりじゃあ、なにも掴めないんじゃないのかな?すべて失ってしまうと私は思う」
「男ならさ、将暉。男なら堂々とすればいいんじゃないの?」
「でないと、あなたが好きな人もガッカリするよ。たぶん」
「違う?私、間違ったこと言ってるかな?」
「君には君にしかない良いところがあるじゃない。人より秀でしものを見つけて、誰かに負けないくらいに、それをがんばってみたらいいんじゃないのかな?」
「ほらッ!しっかりしな!」と真紘は将暉の背中を叩いた!
「…ッ痛!」
「少しは元気出たかな?ネガティヴ少年よ」
「何、それ?あはは…」
「ところでさ、あなたが好きな人って…だれ?」
「え?い、いないよ…好きな人なんて」
「本当に…本当にいない?」
「いないよ…」
「じゃあさ、私じゃダメかな?」
「へ?ま、真紘ちゃん?」
「なんてね…ありがとうね。うち着いたよ。ほら。ここなの」
「少しからかってみただけよ。あまりにも暗い顔して歩いてたから。じゃあね、送ってくれてありがとうね」
「ああ、それじゃあね。また明日学校で…」
将暉は踵を返して歩きだした。
「真夏…取られちゃうよ。気をつけないと」
そう呟いて真紘は、家に消えていった。
な、な、何?何を。突然いったい何を言ってんだ。
将暉が家に帰ると、父親がまだ店で作業をしていた。
将暉か。おかえり、お前どこ行ってたんだ。
真夏ちゃん、ずっと待ってたぞ。お前が帰ってくるの。
え?真夏ちゃんが?何で?
さあな。バイクの様子見に来てたらしいぞ。
あ、バイクね…。
それと…彼氏も一緒だったかな。
ハハ…。か、彼氏ね。なぁ〜だ。そうだったのか。
そういうことになってたのか。どうりで…
仲良く歩いてたもんな。2人してさ。
父さん、バイク直すからメシできたら母さんに伝えておいて。
将暉は鞄を店の作業台に置くと裏のガレージに回った。
そ、そうだよな…誰がどう見たって、あの2人はお似合いのカップルだよな。将暉は立ちすくみ両手を下にしたまま、握り拳が小刻みに震え出していた。その顔の表情は窺い知ることができないよう俯いて、地面にポタポタと落ちる水滴は土に滲んでいた。思い過ごしもここまで来たらブラックジョークだよね。
ひょっとしたら、真夏ちゃんは俺が好きなんじゃないか。なんて思ったこともあったけど。あり得ないもんな。そんなこと。
バカだよなぁ。
真夏ちゃんに、のぼせてんじゃないよとか言われたもんな。そういえば。考えてみたら、そうだよ。嫌われたてたの目に見えてんじゃんか。アンタ呼ばわりされてるし。バカなの?とか言われてるし。お笑いだよ。まったく…。
最初から言ってくれたら良かったのに。真夏ちゃんも。
俺の気持ち知っておいて…。ん?あの紙、まだ見てないのか?
あの時、渡したノートの切れ端。じゃあ、俺の気持ちなんて知ってるわけないよな。
翌朝から将暉は目覚めは最悪だった。昨晩は遅くまでバイクの整備をしていて寝たのは夜中だった。両親には、そんなに急いでやることもない。と言われたし、父親からも丁寧に確実に仕上げろと言われた。バイクは部分がたりなくなったら致命傷だ。故障するリスクが高くなるし、事故を誘発してしまう可能性だって否定出来ない。
親父みたいな職人芸に達するまでの道のりもまだ果てしなく遠いよ…はぁ。
なぁ〜に、深いため息吐いてんの?将暉。
と、振り向くと真夏が後ろからやってきた。
【…ッ!ま、真夏…】
やぁ…お、おはよう…。
よッ!と肩をポンッと叩く。真夏。
なんだよ、将暉。最近ヤケに私に冷たくないか?あまり話しかけてこなくなったし。失恋か?…!ッドキ!
図星だったか?誰に振られた?ん?お姉さんに言ってみたまえ。相談に乗ってやるぞ?と肩に手を回してきた。
…ひ…人の…人の気も知らないで!ほっとけよ!
将暉は、真夏の手を振り解いて走り去ってしまった。
真夏は呆然と立ち尽くす。何なんだ…将暉のやつ。
あんな態度を見たの初めてだよ。私…何かしたか?
何も身に覚えも無いのに、なんかムカつく。あんにゃろ。
教室の自分の席についた将暉は、深いため息に吐いていた。
将暉…おはよう。と近づいてきたのは長谷川だった。
おぅ。長谷…。
長谷川は将暉の席の向かいに座って向かい合わせになる。
何かあったのか?朝っぱらから、そんなに深いため息なんか吐いてさ。親にでも叱られたか?あ、楯石に叱られたか?
…ッ!い、いや、そんなんじゃないさ。
おまえさ、すご〜く分かりやすいんだわ。すぐに顔に出る。
楯石が何かしたのか?俺が言ってやるぜ。
いや、大丈夫。何ともないよ。
なぁ、将暉。楯石のことはあきらめろ…
楯石はやめておきな。アイツ、たぶん歳上好きだぞ。どう考えてもな。アイツ、ファザコン気質だろ?それにお前らさ、俺らから見ても不釣り合いなんだよ。
どう考えても楯石のほうがずっと大人だ。考え方も。
あきらめろ。長谷くん…知ってたの?
ばぁ〜か!何年おまえと付き合ってると思ってんだよ。
おまえの楯石を見る目を見りゃすぐに分かるさ。
楯石は、俺たち同級生なんて眼中にないさ。
すると、遅れてきた真夏が教室に入ってくるなり、将暉に近づいてきた。
おい、将暉…アンタ、さっきの態度は何だよ!
将暉が黙っていると、長谷川が割って入った。
楯石…やめとけ。場所をわきまえろよ。
長谷川くんは黙ってて!将暉!聞いてんのかよ!
おーい、将暉ぃ!おまえ、また楯石にいじめられてんのか?
情けなッ!ははは…!
楯石!おまえ本当は将暉のこと好きなんだろ?笑
は?あり得ないわ。天地がひっくり返っても。こんな情けない男。ふんッ。真夏は煽られて、ヤジられてしまい、つい熱くなり頭に血が昇って、ムキになっていた。
真夏!やめな!助け船に入ったのは、ちょうど登校してきた真紘だった。どうしたのよ?何があったの?あなたらしくない。
いつもの真夏なら適当に遇らうじゃないの?
そうだっけ?
冷やかされようと、ヤジられようと貶されようと完無視じゃないの。あなたらしくない!最近の真夏は。
あなたに何が分かるのよ!知ってるようなこと言わないでよ!
おーい、皆んな席につけー!なんだ、楯石と杉浦は?おまえら、あとで職員室こい!いいな。
ちょうど担任の木村が入ってきて、なんとか治まった。
放課後、職員室で担任に説教されて出てきた2人はギクシャクしていた。
あのさ…真夏。ごめんね。あなたの気持ちも考えないで、他人だもんね。赤の他人が口出ししたのは良くなかった。反省してる。悪気はなかったの。ただあなたが心配だっただけ。でも、少し将暉くんには、辛く当たりすぎだと思ってるのは本当よ。
将暉くんのことになると、あなたは見境がなくなる。自分を見失ってるような気がする。私の思い過ごしかもしれないけど。
真紘…。だって、将暉がッ…。
【はッ!図星?図星だった?フラれた?なぜ?私フッたりしてないのに。嫌いって言ったこともない。何を勘違いしての?】
朝、将暉くんに何か言ったの?
いや、将暉がいつもよりも元気がなかったから、私、失恋したのか?って、言ったら将暉がビクッとしたの。だから私、図星だったか?相談に乗ってあげる…って。言ったら、怒ったんだよ。アイツ。
そりゃ、怒るわ。誰だって。
【好きな相手にそんなこと直接言われたら…】
ちょっと無神経すぎると思うな。わたしは。
真紘…知ってたの?
前に将暉に、わたし好きな人がいるの…ごめんね。とは言った。だけど、それは拓也のことであって他に好きな人なんていない!何を勘違いしてんのよ。将暉は。
鴨居くんと最近、よく連れ立って歩いてるでしょ?仲良くしてるみたいだし。
あ、あれは…転校生してきたばかりだから、ただ学校を案内してただけでしょ?別に興味ないし…。
本当に?本当に鴨居くんには興味なし?
ない!断言してもいい。
そうかなぁ…私にはそうは見えないんだよね?
…だって、鴨居くんってどことなく「拓也さん」に似てるよね?
真夏は図星を突かれて言葉を失ってしまった。
ふ〜ん。やっぱりね。
じゃあね。今朝のことは謝ったわよ。
真紘は踵を返して去っていった。
そうだ…私は鴨居くんが拓也に似てたから校舎案内を買って出たんだ。学年委員長でもないのに。ドキドキした…。拓也が戻ってきたんだと思ってた。無意識のうちに?
いつもなら将暉が待っててくれるのに、さすが今日はいないよね。あんな言い方しちゃったし。悪いことしちゃったかな。
私…何で将暉にはあんな無神経なことが言えるんだろう。
幼馴染だもんね。小さな頃からそばにいたからね。
辺りは夕闇に包まれていた。真夏の歩く足取りも重く、梅雨の足音も近づいている季節だった。梅雨…。そうだ。梅雨は私が一番嫌いな季節だ。何故なら…今から3年前。
その日は、前日からの雨続きで路面も濡れていた。梅雨に入ったから仕方ないと言えば仕方ないんだけど。
毎年のようにこの時期になると、気持ちが沈む。何せ新聞配達業にとって、天候は天敵だからだ。新聞にはビニールを入れないといけないから、ひと手間かけないといけない。
それだけではない。合羽を着て長靴を履いて万全の装備で配達に向かう。と言っても合羽などあまり役に立ちもしない。
3時間くらい雨に濡れながら、視界も悪く道路は濡れて山間なら鉄砲水も発生する恐れがある。それに雨ビした新聞を荷台に二百部以上も積まないといけない。
前カゴには、諸紙を交互に折り重なるように山積みしていく。バイクが不安定なことこの上ない。
この業界は、一般の企業に比べて死亡するリスクが格段に上がる。圧倒的に多いのは交通事故だ。次に自爆するケースだ。自爆と言っても爆発するわけでなく、自らぶつかって死亡するケースだ。路面が濡れていても光の反射具合でよく分からない場合が多い。だから細心の注意を払う必要がある。
拓也は高校3年になったばかりだった。高校に入学したころから販売店でアルバイトをして、家庭の生計を立てていた。
奨学生の制度を利用して大学まで進学することまで決めてた。
私も父を早くに亡くして、母と二人で暮らしていくためにこの販売店で働いていた。
拓也とは販売店知り合った。次第に仕事を一緒にする中で、親密になり私たちは付き合っていった。
私の配達区域は「箱」中心に任されていて、早めに終わらせては、拓也を手伝いに行ったものだ。
母は父を病気で亡くしたあと、未亡人になってしまった。父だけが頼りで心の拠り所だったから、その気持ちを抑えるのに必死で、私には明るく振る舞っていたが、私は母が影で泣いていたことをよく知っている。
母はそれからお酒の量が増えていった。心を平常心に保つことが出来なかったのだ。浴びるように飲んでいた母は、あの日…。
私は自分の配達区域を終わらせると、拓也のところに向かっていた。が、拓也もちょうど終えるところだった。
私たちは、店に戻ると帰宅せずに、あの睡蓮溜まりの池に向かった。
この時期は、睡蓮が見事なまでに綺麗な花を咲かすことを私たちは知っていたからだ。
この時期にこの場所で拓也と見る朝陽が好きだった。
「見て見て!私たちの朝陽が登るよ!」
私は拓也の左に座ると、拓也のガッチリとした腕に手を回して頭をつけて、寄り添っていた。
「真夏…綺麗だなぁ。俺はここでおまえと見る朝陽が好きなんだ。」
「私もぉ!私、高校卒業したら拓也はお嫁さんになるんだ!」
「はは…おまえ、気が早くないか?真夏…」
「拓也…」
朝陽はゆっくりと山肌から顔を覗かせて2人を包み込む。
2人はそれを見ながら唇を重ねた。
「拓也…大好き!拓也は?」
「まあな」
「あー!何それ!まあな?きちんと言葉にして伝えて」
「人に想いを伝えるときは、ハッキリ言葉にしないとダメなんだぞ!」
私は拓也と別れたあとに、帰宅した…。
「お母さん?ただいまぁ。今、帰ったよー。お母さん?」
私はお母さんはまだ寝ているのかと思って、そのまま少し仮眠することにした。
週末だけバイトをしていたので、学校はない。昼まで寝よう。
そう思ったのが、いけなかった…。
いつもなら昼には食事の用意をしている母の台所からの音が聞こえていたが、あの日はそこになかった。
「お母さん?まだ寝てるのかな?」
私は不思議に思い、嫌な胸騒ぎがした。
急いで母の寝室に向かった…。
私がそこで見たのは。
床に夥しいほどの血溜まり。母はうつ伏せで倒れていた。両脚は伸び切っていて、起こして体勢を仰向けに変えた。
その顔は変色して桔梗のように紫色になっていた。
腕を捲り、脈をとってみた。が、動いてなかった。
心音を確かめてみたが、やはり鼓動はまったくしなかった。
もう死後硬直が始まって、身体は硬くなっていた。
死後7時間くらいだと分かった。私が朝、帰宅した頃にはまだ生きていたんだ。私のせいだ。私があの時、ちょっと顔だけでも見に行ってたら、こんなことにならなかった。
母の目は閉じていた。口から血を吐いて。吐血して止まらなかったのだろう。どんなに怖かっただろう。どんなに苦しかっただろう。お母さん…ひとりで、ひとりで淋しく逝かせてごめん。ごめんなさい。あああああッ!拓也ぁ!拓也!
私は拓也に電話した。
「お母さんが!お母さんがぁ!拓也ぁ!」
それから拓也が、駆けつけて救急車と警察に連絡してくれた。
自宅で亡くなっていたことから、私たちは警察の方に別々に事情聴取された。お母さんの遺体は救急隊の方が来た頃には、亡くなっていたことが見てすぐに判別できたらしい。心臓蘇生のAEDを運んできた救急隊の方も、使うことはなかった。
見てすぐに分かったんだそうだ。
母の遺体は警察の遺体安置所に運ばれた。
私は帰宅したが、その場にいたくなかった。心が苦しくて、苦しくて、どうしようもなくなった。
胸が締め付けられるんだ。昨晩まで会話していた母が、もうこの世にいない。そう考えただけで、居ても立っても居られない。もう話す事も出来ない。一緒に会話も出来ない。口喧嘩も出来ない。近頃、ろくに話もしなかった。
母の笑顔もみてなかった。ごめんね。ごめんね。お母さん。
私、私は親不孝ものだ…お父さんが亡くなって、一番寂しかったのはお母さんなのに…。私がきちんとそばにいてあげてれば、こんなことにならずにすんだのに。拓也と朝陽なんて見に行かなければ、こんなことにならずに済んだのに。
拓也…拓也…拓也ぁー!
私は拓也に震える手で電話した。
「拓也。どこかに連れてって。わたしを。今すぐに」
それ以上は、自分でも何をしゃべったのかさえ覚えていない。
拓也は10分くらいで来てくれた。私は彼の顔を見た瞬間に、安心して涙が溢れて止まらなくなった。そして、泣き叫んでいた。
拓也は、バイクに私を乗せて2人でドライブした。
「拓也…お願い。私を抱いて…」
「ああ、もちろん…」
拓也はキツく抱きしめてくれた。
「違う…違うの…分からない?」
私を抱いてください…
もうどうして良いか分からない!この苦しみを、悲しみを拓也で満たしてほしい…お願い。私のわがままを聞いて。
私は母が亡くなった日…女になった…
後悔はない。大好きな拓也と結ばれたんだ。
本当は、お嫁さんになるまで待ちなさいと拓也には、口が酸っぱくなるほど言い聞かせてきた。新婚初夜の大切な日の楽しみにとっておいたんだ。
拓也は私より3歳も歳上だが、私のほうが気が強くて支配下は私にあったくらいだ。
もうどうしようもなくなり、誰かに私を抱いて欲しかった。
忘れさせて欲しかった。この悲しみから逃れたかったんだ。
父も他界し、母さえも失ってしまった私は天涯孤独になってしまったんだ。それから翌る日の日曜日の朝に帰宅した。
いろいろとやらなければならないことが、山ほどあったからだ。玄関までくると、そこには将暉の姿があった。
真夏ちゃん…大丈夫?心配になって、待ってたんだ。
昨日から帰ってなかったみたいだし。
将暉の目は赤く充血して顔色もひどく悪かった。
おそらく昨日の夕方からここで待っていたに違いなかった。
私は…私は…そんな将暉の優しさに応えてあげれずに。
そのまま、無視して部屋に入った。
と、いうよりも茫然自失だったのだ。魂の抜け殻だ。
身体あって、心ここに在らず。
次の日から梅雨入り宣言が流れていた。嫌な季節だ。
私の大嫌いな季節だ。気持ちが憂鬱になる。
月曜日は夜半過ぎから土砂降りだった。まるでバケツをひっくり返したような雨だ。
私は、拓也にLINEした。
「拓也?大丈夫?手伝いに行こうか?」
「大丈夫だよ。これくらいの雨。かえって気持ちいいぐらいさ」
拓也はそんなふざけたLINEをいつもしてくる。
「でも足場が悪いから気をつけてね…」
拓也からの返信はなかった…。
それが拓也との最後のLINEのやり取りになってしまった。
拓也は、早めに配達を終わらせて、母を亡くした私のそばにいてあげたくて、急いで仕事をこなしていたんだ。
あれほど、気をつけてと言っておいたのに…。
拓也は雨足の強くなった視界の悪さから、スピードの出し過ぎで電信柱に激突してしまい、即死してしまったのだ。
私は二日間に大切な人をすべて失ってしまったのだ。
もう私の魂が薄れていくのが分かった。
人が死ぬ前ってこうなんだろうな…と痛感していた。
どこで死のうかぁ…。首を吊ったら、片付ける人が大変だろうなぁ。駅まで行って、ホームから飛び込んでも、たぶん今なら全く痛さを感じないだろうなぁ…。でも、私のバラバラの身体を片付ける人に迷惑だよね?練炭自殺が手っ取り早いかなぁ。ODでもいいか。誰にも見つからない場所でも探しておくか…。と思っていたときだ。
家の外から誰かの声がする…誰だ?ほっといてよ。
この星にはもう私の居場所がなくなったんだ。
もう楽に逝かせて…ね?お願いします。
床に散らばった夥しい量の薬の数を見た見知らぬ誰かは、私が意識を失う中で何処かへ連絡してるらしい。
神さまに電話してくれてんの?
あなたは、誰?神さまなんていやしないんだ。
この世に神も仏もいないんだよ。
もし、いるなら何で私から大切なものを次々と奪っていくんだよ。ふざけるんじゃないよ。
私は地獄に堕ちてもいい。でも、神がいるなら道連れにしてやる。地獄に一緒に引き摺り込んでやる。
気がついたら、病院のベッドの上だった。
誰かに助けられたらしい。まったく余計なことしなくていいのに。あのまま死なせて欲しかった。
私のベッドの脇に布団にもたれ掛かるように、寝ていたのは。
将暉だった…。あんなに冷たくしたのに。何だよ。コイツ。
将暉の顔色はひどく悪かった。ひと目見れば分かる。
しかし、安心しきった表情をしていた。涙を流した跡さえ見える。
何だよ。コイツ、泣いてんのかよ。相変わらず泣き虫だな。
この人は、小さな頃から私にくっついては、私に泣かされていたっけな。
私は将暉の髪に触ると優しさ撫でていた。何故かそうしたくなったのだ。死のうとしていた人間が、目の前で無邪気な顔を浮かべて寝ている幼馴染の顔を見て母性本能をくすぐられたのだ。不思議なやつだ。コイツは。
私が髪を撫でていたら、将暉は目覚めた…。
あ…真夏ちゃん…。良かったぁ…良かったよー。
将暉は私の顔を見た瞬間に安心したのかその目から涙を止めどもなく流した。
おまえ…まるで恵比寿さまみたいな笑顔じゃないかよ。
私たちは笑っていた。何だか私も将暉の顔を見たらホッとしていたのだ。
将暉…何で家にきた?将暉なんだろ?来たのは。
うん。そうさ。分からない。
分からないけど、君に呼ばれたような気がしただけさ。
心に届いたんだよ。と将暉は自分の胸の真ん中に指を差した。
嘘ばっかつくんじゃねえよ。でも…ありがとう。
心配かけたね。感謝してる。あのまま死なせてほしかったけど、私はまだ死なせてもらえないらしい。
私には私がやらないといけないことがあるのかも。
と、真夏は将暉の顔をじっと見つめて、瞳の奥に焼き付けた。
帰路はすでに暗くなっていた。夕陽も沈んでしまいどっぷりと辺りは暗くなりだした。
将暉のやつ、あんな事くらいで。待っててくれてもいいのに。
私は足早に家への道を急いだ。
私が家の近くまで差し掛かったときだ。
目の前に3人の見知らぬ学生が、私の行く道を塞いだ。
「何ですか?通してください!」
「コイツだっけ?確か…楯石真夏とかいう女は?」
私は鞄を胸に抱いたまま、顔をうつむき加減にして、横をすり抜けようとした。
しかし、男らはそれを許さなかった。男3人に囲まれて女の私はなす術がない。叫んでも喚いても誰も来てはくれない。
「…ッくしょう!離せ!離しやがれ!」
私は背後から男2人に羽交い締めにされて、目の前の男に往復ビンタされた。
「黙ってろ?たっぷりと楽しませてもらう」
私は草むらに投げ飛ばされて寝かされて身動きが取れなくなった。さらに男は覆い被されってきて、強烈な往復ビンタを見回してきた。
やっと大人しくなりやがった。脱がせろ!
私の上着を引きちぎれてブラが露わになった。
おッ!胸でけぇじゃん、コイツ。と剥ぎ取ったブラから無造作に露出した胸を鷲掴みした。
私は魂の抜け殻になった。あの日以来だ。
男が私の胸を揉んでる姿を、私は冷たい目で見つめていた。
「なんだ?その目は!あ?」と、男はさらに往復ビンタをした。
私は男の顔に向けて…「ペッ!ペッ!」と唾をかけた。
すると、男は追い討ちをかけるようにビンタをしてきた。
「抑えてろ…」
わたしは悔しくて涙が溢れ出した。
男たちは、左右から私の乳輪を楽しんでいた。
私は、もうどうでもよくなっていた。
もう好きにしてください…力を入れてた手を緩めた。
「おい!おまえら、何やってんだ!こらぁ!」
誰かが来たらしい。ぶるぶると身を震わせる私を庇い、身を挺して助けてくれたのは…。
鴨居祐介くんだった…
私は一瞬、鴨居くんが拓也に見えた。
…拓也?拓也?私は鴨居くんを抱きしめていた。
「大丈夫かい?真夏ちゃん。なんなの?あいつら」
私は危うく男三人に乱暴にされる寸前に助けられた。
「警察呼ぼうか?」
んん…いい。鴨居くん…鴨居くんありがとう。
私は鴨居くんを抱きしめていた。救われた。感謝しかない。
それから、私たちが親密になっていったのは言うまでもない。
私は将暉と挨拶すら交わさなくなった。
将暉がいてくれてたらあんな目に遭わずにすんだのに!
そう考えたら怒りが込み上げてきた。そう思っただけで、心から離れていった。
私の噂は何故か広がっていた。小さな町だ。噂は瞬く間に広がってしまう。それは尾鰭をつけて、面白おかしく付け足されていた。私が散々回されたような噂だ。なんで?
真夏…本当なの?あの噂…。
ごめん…ごめん…あの日、私が先に帰ったから。
一緒に帰ってたらこんなことにならなかったのに。
いいの…そしたら真紘が同じ目に遭ってたと思う。
でも…あの時。確かアイツら。こう言ったのよ。
「コイツだっけ?確か…楯石真夏とかいう女は?」
「何で私の名前を知ってたの?私はあんな連中なんか知らない。だいたい、いつも将暉は待っててくれてたのに、何であの日はいないわけ?将暉がいたら、あんな事にならずにすんだ。」
「真夏…あなた大丈夫?自分で何を言ってるのか分かってんの?」
「だってそうじゃない!将暉がいれば…!」
「…違う、違う。将暉くんのせいなの?」
「じゃあ何であの日、ああなったの?真夏が冷やかしたからじゃないの?将暉くんを冷やかして傷つけて…」
「最近の真夏、何かおかしいよ!」
「真夏ちゃん、どうしたの?」と鴨居くんが近寄ってきた。
「ううん、何でもない。鴨居くん行こ?」と鴨居の腕に手を回して去っていった。
「…真夏。あの子自分を見失ってる」
クラスメイトは、冷やかす。
「鴨居ぃ!楯石を助けたんだって?おまえらお似合いだぜ」
「やだぁ…もう冷やかさないでよ」と真夏は笑ってる。
将暉のそばを通り抜けながら、真夏は頭を鴨居の腕に摺り寄せていた。
「将暉くん…」真紘は、将暉に近寄って声をかけた。
「大丈夫?将暉くん…」真紘は将暉の顔を覗かせてみると、将暉は涙を堪えていたが、真紘の優しさに温かい水滴は容赦なく溢れ堕ちた。「…ほっといてよ」
季節は七月になり梅雨明け宣言もさえ、ようやく夏が近づいてきた。将暉は真夏に頼まれていたlittle cubの修理を終えた。
将暉は真夏との約束通りに、夏休みに間に合わせたのだ。
「将暉…よくやったな。おまえにしたら上出来だ」
「これなら真夏ちゃんも喜んでくれるだろ?」
「いや、もうどうでもいいと思うよ」
「どうした?何かあったのか?」
「いや、もう彼氏も出来たみたいだしね…」
「そのことなんだけどな…おまえに謝らないといけない」
「え?どうして?」
将暉の父親の話しによると、以前真夏がバイクの様子を見に来たときに、父親は一緒にいた鴨居祐介のことを拓也と見間違えていたらしかった。だから、あのとき、間違えて鴨居祐介を彼氏と言ってしまったらしい。
「へ?何だってぇ!誤解かよ、親父!親父ぃ!」
あのひとことさえ…あのひとことさえなければ、こんな事にならずに済んだんだ!将暉は父親の胸ぐらを掴んでいた。
「おまえにはすまないと思ってる。だけど…おまえも男なら…一端の男なら力づくで彼女を取り返せ」
「もっと、もっと自信を持つんだ、将暉。おまえは真夏ちゃんの期待に応えて夏休みに間に合わせたじゃないか?」
「持って行ってやりな」
父親の言う通りだ。俺は間に合わせたんだ。後悔もない。
将暉はlittle cubの調子を試し乗りしながら、真夏の家の玄関まで走らせた。なかなか上々だ。
玄関先にcubを置くとシートの下に鍵を隠して、ノートの切れ端にメモを残した。
「間に合った…」それだけだ。
将暉はそのまま帰らずに、寄り道したくなった。ちょうど朝方だ。朝陽を見たくなった将暉は、以前真夏から教えてもらったあの場所に行きたくなった。
あの睡蓮溜まりの池だ。そこには程なくして着いた。
すると、ちょうど朝陽が顔を覗かせていた。そして、あるシルエットを綺麗に映し出していた。
真夏と鴨居のキスだ。二人は座って朝陽を見ながらキスを交わしていた。「…ま、真夏ちゃん…ううう…」
将暉は訳もなく飛び出して行き先も分からずに走り出していた。
キスしてた…キスしてた…キスしてた!
ちくしょう…ちくしょーう!
それに気づいたのは真夏だった。
「将暉?将暉!…将暉に見られた…」
将暉に見られた…
真夏は将暉のあとを追うと立ち上がった。すると…
「おい!真夏…待てよ!」と鴨居が止める。
「行くなって!ほっとけよ!あんなひ弱なヤツ」と、真夏の手を掴んで離さない。
「離して!離してよ!離せったら!行かせろ!」
真夏は、鴨居の手を振り解くと将暉のあとを追っていた。
無意識のうちに飛び出していた。無我夢中だった。
「将暉?将暉!どこ!将暉ぃ!違う!違う!将暉!」
「もういいや。どうでもいい…このまま、どこかへ消えてしまいたい。誰も俺のことを知らない場所に」
将暉は家に着くとHarley-DavidsonのX350の鍵を握りしめて、エンジンを吹かしていた。
「ドドドド…ブルンブルンブルン!」
将暉、どこ行くんだ?真夏ちゃんにきちんと渡せたのか?
おい!将暉!
将暉に父親の声はもう届いていなかった。
ううう…俺って、惨めだ。悔しい…悔しくてたまんない。
時間遅れること十分、真夏が将暉の家に飛んできた。
あ、真夏ちゃん、バイク受け取ったかい?
おじさま!将暉は?将暉いる?
ああ、アイツなら今しがた、バイクに乗って…。
真夏は父親の言葉をすべて聞かずに自宅方面に向かって走っていった。
真夏は自宅に着くと愛車のlittle cubのシートの下の鍵を取り出すと差し込む。将暉がバイクのシートの下に鍵を隠す癖を知ってるからだ。
ういいいいいーん!ういん!ういん!
将暉…出来てんじゃん。アンタ最高だ!最高の腕してる!
拓也のバイクが…蘇ってる。ありがとう…ありがとう。将暉。
待ってろ。すぐに追いついてみせる!
考えてみて…little cubが、Harley-Davidsonに追いつくはずもない。一昼夜、将暉を探し回ったが、虚しく帰路に着いた。
…何が違うんだよ。言ってみろよ…
そんな将暉の囁きが聞こえてくるようだ。
翌朝、真夏は将暉の自宅に寄ってみた。今日は月曜日だ。
学校に来るはずだ。真夏は久しぶりに迎えに行ってみた。
おばさま、おじさま…おはようございます!
あ、真夏ちゃん!将暉知らない?昨日から帰らないんだよ。
将暉のお母さんは取り乱していた。
おじさま!将暉の行くような場所、知りませんか?
父親は腕組みをしたまま、ダンマリをして硬く目を閉ざしたままだ。そして…口を開く。
俺たちよりも、真夏ちゃんのほうが将暉のことをよく知ってると思ったんだがな。残念だ。
おじさま…。
私も学校が終わりしだい、また思い当たるところを探してみます。と真夏は学校に向かう。
ひょっとしたら、学校には来てるかもしれないし、担任には電話をしているかもしれないと思ったのだ。
少し早めだが、学校に着いた真夏は教室に入ろうとドアノブに手をかけたときだった。
「賭けは俺の勝ちだな。俺が総取りだ。金よこせ。早く!」
「しかし、おまえも相当な悪だな。東京じゃあ、いつもこうだったんだろ?鴨居!」
「しかし、楯石を賭けの対象にするったあ、いい度胸だぜ。俺らは、絶対にあのお堅い楯石がキスするなんて、思いもしなかったぜ。写真撮ったろ?アレがれっきとした証拠だ」
「しかし、手がこみすぎだろ?なんたって、強姦紛いまでやらせて、そこへおまえが助けに入る。完璧だな」
「アイツの胸、どうだった?デカかったか?」
「まぁまぁ、でねえの?デカかったぜ。でも、アイツ処女じゃないぜ。もう経験済みだ。アイツから聞いたんだ。前の彼氏に捧げたとか抜かしてたな。俺、処女じゃないと嫌なんだよね。だからパスだ、パスパス…おまえらにくれてやる」
私は…私はバカだ…おバカだ。こんな…こんな性根の腐り切ったヤツに大切な魂と身体まで捧げるところだった。
真夏が入り口に佇んでうつむき、心から湧き上がってくる深い悲しみに打ち震えていると、背後から肩に手を置かれた。
真夏は振り返ると、そこには将暉の姿があった。
真夏…そこどいて…早く!どけって!
将暉…将暉どこ行ってだんだよ!
いいから…あとから話す。というと将暉は教室のドアを開けた。真夏…先に帰ってな。今日は早退するんだ。いいね?
お!将暉ちゃんじゃないの?どーしたのよ。腑抜けのくせに。
あ?おまえ誰に向かって言ってんだ?こら!
どいつもコイツも雁首揃えて、何の相談だよ?クソが。
将暉…てめえ、誰に向かってモノ言ってんだ!あ?
おめえだよ、タコがッ!クソやろうどもにお返しにきたんだ。
お礼参りに来てやったんだ。どきな。
と、将暉は机の中からスマホを取り出すと鴨居に向けた。
おまえらの今までのセリフ、すべて録音させてもらった。
出るとこ出ようじゃないか。なぁ?どうする?
わ、分かった、分かったよ。金なら渡すからよ。
金だろ?
あ?舐めてんのか?謝れって言ってんだよ!真夏に。
真夏を傷つけたことに対して謝れって言ってんだ!
将暉!もういい…もういいのよ。
何だ…楯石。聞かれちまったか。
鴨居くん…良い思い出を思い出させてくれたこと。
感謝してる。私ね…気づいちゃったの。あのとき。
キスしてくれたときに…。
拓也なら…拓也なら。
私が好きって、言ったらね。
好きだよ…なんて言わなかったって。
拓也なら、「まあね…」としか言わないのよ。
だから、「あ、この人は拓也じゃないな…」って。
でも、拓也は私の心を満たしてくれた。
こんな苦しみは決して与えなかった。
「処女じゃなくて、悪かったな。カスども」
「女が大切な人に初めて捧げて何が悪い?」
「あんたら、心の奥まで腐り切ってるわ」
「真夏…もう行こう。言いたいことは言えたんだろ?」
将暉は優しく囁いた。
真夏は振り返ると将暉にビンタした。
バチンッ!
…ッた、痛!何だよ…いってえなぁ。
アンタ!私をどこまで心配かけてんだ!
昨日からどこをほっつき歩いてた?あ?説教だ。おいで。
…と、真夏は将暉に腕組みをして去っていく。
教室の入り口までくると、振り返って。
鴨居くん。安心して訴えたりしないから…その代わり。
二度とその汚えツラ見せんなよ!消えてろ!
…んで。将暉。拓也、蘇らせてくれてサンキュー!
感謝してる…それと。ごめんなさい。
真夏は将暉の前に立つと頭を深々と下げた。
何を?何がごめんなさいなんだよ。
いや、いいの。もういい。行こか?サボってみるか?
たまには…。
それもいいな。ツーリングでもするか?
いいね…?行こう!
ところでさ、アンタなんで鴨居が怪しいって分かったわけ?
内緒だよ…ひひひッ。いつか話すよ…
なあに?その笑い方は。と真夏は頬を風船のように膨らませる。