感情のない純情 第2章
第2章 真夏の心情
第二章 真夏の心情
真夏は家に戻ると鞄を机の上に乗せて、古びたラジオをつける。そして、鞄から将暉に受け取った紙を取り出した。
「どうせ、こんなもの見なくったって…中に誰が書いてあるかなんて」真夏には分かっていた。
将暉が誰に恋心を抱いてるのか。
将暉が発してるシグナルを感じたら。そんなものはビンビンに真夏に向けられていることくらいのことは、百も承知だった。
「アイツ…男らしくないんだ」真夏は中身を開いて紙に書かれている女子の名前を確認すると、ペン立てからカラフルな3色ボールペンを取ると赤を出す。
そこに文字をサラサラと書いて、B5サイズの革張りのリング綴じの日記の今日の日付のところに挟んだ。
「私を好きなら好きだとハッキリ言えっての」
やっぱね、どうしても比べてしまうよね。こんなのいけないことだってわかってるんだけど。同世代の男子なんて、皆んなあの人に比べたら、子供にしか見えない。私がしっかりしすぎなのかな。それとも、ただ単に同い年の男子がガキなのか。
翌朝、私はいつも通りお稲荷様にお参りをすませて、緩い坂を降った先にある販売店に立ち寄る。
すると、所長が顔を出した。「真夏ちゃん、おはよう」
「おはようございます!所長〜!朝当番?」
※新聞販売店は、早朝六時から九時くらいまで、電話当番がある。かかってきた電話の対応や朝刊の不着を届けにいくのが、朝当番の仕事。
「ああ、人手がいないからね。あ、そうそう…頼まれてたバイク出してあるよ」
「本当ぉ!嬉しい〜!」と真夏は所長に抱きついた。
「裏に置いてあるから見てきな」
「はぁ〜い!」真夏はテーブルに鞄と朝刊を置くと裏に回った。
そこには、可愛らしい プコブルーとココナッツホワイトのlittle cubが置いてあった。どうやら所長が外回りボディーは綺麗にしてくれたらしい。ピカピカに光り輝いている。
真夏がcubを眺めていると後ろから所長が缶コーヒーを二本片手やってきて、真夏に一本手渡す。
「後ろの荷台は元に戻しておいたよ。あのままじゃあダサいからね。新聞配達用みたいでさ」
すると、真夏は「別にいいのに…あのままでも」
「でも、こんな故障して動かないのもらってどうするの?」
「…だって、これは。このバイクは」と真夏は言葉に詰まる。
「そうだな。アイツが使ってたバイクだ」所長が続けた。
「まだ想ってるかい?真夏ちゃん…」
真夏は返事はしなかった。ただ、バイクを愛おしく見つめてるだけだ。「早く立ち直らなきゃダメだよ。アイツも望んでいないよ」
「…分かってるよ。言われなくて。分かってるよ!」
真夏は鞄と朝刊を片手に走っていった。
「真夏ちゃん…」
真夏は走りながら、その瞳から流れる涙を後方へと飛ばしながら睡蓮溜まりの池まで来ると、その辺りにしゃがみ込む。
「所長に言われなくったって…もう帰ってこないんだ。拓也…」
朝の光が池の向こう岸からゆっくりと顔を覗かせてきて、真夏の顔を照らし出す。頬を伝う涙は陽光を浴びて煌めいている。
真夏は制服の袖口でそれを拭うと立ち上がり、学校へと向かう。すると、先のクロスロードから将暉の姿が見えてくる。
「将暉…」真夏は急いで涙顔を取り繕い、笑顔に変える。
「おはよう〜!将暉!今日はちゃんと起きれたんだ。偉いじゃん」
将暉は、生返事を交わして真夏の横に並んで歩き出す。
真夏はとくに何も言わなかった。
将暉は真夏の横顔を見ながら、話しを切り出した。
「き、昨日の…」と言い出した途端に、真夏は何かを思い出したように。
「ごめ〜ん!先に行くね。生物部に寄っていかないと行けないから」と将暉の返事に対して気にもせずに、走っていく。
真夏は振り返りながら手を振っていた。が、突然急に舞い戻ってきた。
「はぁ…はぁ…将暉。あのさ、あとで相談があるんだけど。
いいかな?あとでいいから。今はあの子たちにエサあげないと」
言うだけ言って再び全速力で走って消えてしまった。
「な、なんなんだ。あれは…。でも俺に話しってなんだろう。
もしかしたら、昨日のことかな。やっぱり」
放課後になり、真夏が帰ろうとしたときに将暉がやってきた。
「真夏ちゃん…今朝の話しなんだけど。何?」
「ああ、そのことなんだけど…」
「真夏ぅ!」駆け寄ってきたのは真紘だった。「ちょっとといいかな?」
「うん」真夏は将暉に、「先に販売店に行っててくれる?」
「販売店?真夏ちゃんがバイトしてる新聞販売店?」
何だか、将暉があのことを切り出そうとすると、決まって邪魔が入る。将暉が先に歩いていくのを確認すると、真紘が話しを切り出した。
「今晩、真夏んちに泊まりに行っていいかな?金曜日だし。週末は泊まらせてくれない?いいでしょう?」
「もちろん、いいよ。私も1人だと寂しかったところ」
「じゃあ今からいろいろ準備あるから…」と真紘は顔を綻ばせながら去っていった。
…なんか、真紘んちもいろいろ大変そうだな。
販売店に着くと将暉が所長と話しをしていた。
「将暉、ごめん待たせて」と少し潮らしくなる。
「それで?俺に用って、なに?」
「そのことなんだけどさ…アレよ」と真夏が指差したのは、あのlittle cubだった。
「little cub?」
「うん。実は将暉にこれを修理して欲しいの」
「アンタんちは、バイクショップでしょ?」
「ま、見てみないと分からないけど。父さん忙しいから、どれくらいかかるか分からないよ。部品とか必要なら取り寄せないといけないし」
「出来れば、夏までに直したいの」真夏の顔はいつになく必死で険しかった。その顔を見た将暉は…。
「分かった。俺が直す」
「できるの?あなたが」
「俺だってバイク屋の倅なんだよ。父さんの仕事をそばでずっと見てきたからね。出来なくはないと思う」
「でも、このバイクは?もらったわけ?」
「将暉だから言うけど…これはね。これは…」言葉に詰まった真夏をフォローするように、所長が口を開いた。
「これは、拓也のバイクなんだよ」
「お願い!将暉…」
「このバイクを甦らせて!また命を吹き込んで」
真夏は刹那な願いの顔を過らせた。
二人はバイクを押しながら将暉の家に向かいながら、真夏が喋りだした。
「私たち、付き合っていたの。拓也は三つ歳上で高校三年の夏休みにあの販売店でバイトしていたわ」
「私はまだ中学3年だった。私も朝刊の仕事を拓也の手伝いをしながら働いていた」
「拓也はね。その夏に死んだの…」
「事故だったわ。その日は小雨が降ってて、路面が濡れてた。
滑りやすかったんだけど、拓也はスピードを出しすぎて、カーブを曲がりきれずに、道路脇の電信柱に激突してしまった。
即死だったそうよ」
そこまで話をしたら、将暉の家に着いた。
将暉は絶句した。真夏の過去にそんな出来事があったなんて全く知らなかった。それに付き合ってる人がいたことは、さらに将暉の心に衝撃を与えた。
「おじさま!おばさま!ただいまぁ〜!」
「あらら、誰かと思ったら真夏ちゃんじゃない」
「今日はどうしたの?上がっていきなさいよ」
「夕飯でも食べていく?」
将暉は、一瞬ドキッとした。真夏と一緒に食卓を囲める喜びで先ほどのことは一瞬で吹き飛んだ。
「ああ、そうだよ。ま、真夏ちゃん。上がりなよ」
「ぷっ!アンタ、何を挙動ってんのよ、また」と将暉の肩を叩いていたら、将暉の両親はそれを見て。
「あなた達…お似合いね」と笑い出した。
「おばさま!何言ってんですか!茶化さないでくださいよ!」
将暉は満更でもない顔をしてる。
「アンタなにを喜んでんのよ」
「でも真夏ちゃんのほうがお姉さん…って感じがするけどね」
将暉はそれを聞いて少しムスッとした。
「将暉。ま、いいわ。じゃあ頼んだわよ。バイク」
「ああ。任せてよ」
「真夏ちゃん…」将暉の父親が口を開いた。
「コイツは、まだ半人前なんだ。ちゃんと治せるかどうかも分からない。いいのかい?」
『おじさま…わたし、この人を信じてるから』
「それと、今日は家に真紘が泊まりに来るんで帰りますね」
「今度夕飯食べにお邪魔します」と言うと将暉の方に向かい、「いいわよね?」と聞き返した。
「あ、ああ…もちろんさ」
「将暉、もう外は暗いから真夏ちゃんを家まで送ってきなさい」と将暉の母親が口を挟む。
「…だってよ。将暉?」と目を輝かせている。真夏。
「こんなに可愛い女子高生を1人で帰すわけないわよね?」
「も、も、もちろんさ」
「おばさま、今度お料理の作り方教えてくださいね。家庭料理に飢えてんの…私。それじゃあ、失礼しまーす。おやすみなさいませ」
真夏たちは将暉の家をあとにする。
「…でもさ、真夏ちゃんが俺を信じてくれてるなんて」
「何だか嬉しいな」将暉は胸がとても熱くなった。
「は?アンタはバカか?」
「あれは、決まり文句よ。お約束でしょ。そんなの。
決め台詞とも…いうわね。うん」
「なに、のぼせ上がってんのよ。アンタは。それに…」
「私、ガキには興味ないから…」
二人の間に何だか冷たい雰囲気が流れた。
「…見て、くれた?昨日の紙」
「ん?いや、まだ見てないよ。なんで?」と真夏は将暉の前方を塞いだ。将暉は、真夏の顔を見る。
真夏は悪戯っぽい顔をして目を輝かせている。
その顔は、まるで小悪魔に見えた…。
「ねぇ…なぜ?」
「え?いや、べ、別に」
「将暉くんのお父さんってさ、煩型だよね?
職人さんって感じで厳しそう…」
…なんか、今はぐらかされたような。と将暉は思った。
コロコロと話題を変える子だよね…真夏ちゃんは。と
将暉は考えていた。
さっきの真夏の言葉…
アレは遠回しに俺に対しての言葉なのか?
それとも本当に歳上が好みという意味なのか?
余計に聞きづらくなってしまった。
そして、昨日真夏に言われた言葉を思い出した。
「ウジウジしてさ。もっと男らしく堂々といられないわけ?そんなことじゃあ、将暉が好きな人も将暉の告白なんか受けるわけないでしょう。」
確かにそうだ。こんな男らしくないやつ。
真夏ちゃんから見れば、ガキそのものだ。
「ねぇ…将暉ぃ」
「ん?何?」
「何だか、気持ちいいね」
将暉はlittle cubを押しながら空を見上げた。
頭上には三日月が二人を見つめている。
将暉には、それが満月が半分だけ欠けたのように思えた。
しかし、真夏は違った。
「あれ、まるでハートみたい…」と微笑んでいる。
「そうだね…今日は風が心地いい」
「ねえ…真夏ちゃん」
「ん?なあに?」
「あ、いや。やっぱりいいや。真紘ちゃんによろしくね」
「なによ…、何か言いたげな」
【本当は亡くなった彼氏のことまだ好きなの?】と聞きたくなったが、彼女が好きだよ…と言うことは明白だったから聞けなくなったんだ。怖くて。失恋するのが。墓穴を掘るようなことしたくない。
ほどなく歩くと、真夏の家に着いた。窓には灯りが付いている。真紘に鍵を渡しておいたからだ。
「将暉、ありがとうね。送ってくれて…じゃあね〜」
将暉は真夏を送り届けると背中を向けて歩き出した。
『私ね…好きな人がいるの。…ごめんね。』
真夏は、将暉の背中に呟くように言って中に入っていった。
将暉は真夏のセリフが稲妻のような衝撃になり、自分の胸に向かって堕ちる感覚を覚えた。帰り道の足取りは急に重くなるのを覚えた。
「ただいまぁ〜真紘?」
リビングに入ると真紘はスエットを着てソファで寛いでいた。
「おかえり…誰かと一緒だった?」
「ん?いや、一人だよ」
「何か話し声が聞こえた気がして」
「空耳でしょ」
「ご飯作ってあるよ。食べる?」
二人はテーブルに真紘が作ってくれた夕食を並べた。
「めっちゃ美味しそう〜ハンバーグじゃん!」
「えへへ。どうよ。なかなかのものでしょ?」
「真紘は何でもできるからすごいよね?羨ましいよ」
「お母さんに昔、教えてもらったんだ…」
※真紘特製ハンバーグレシピ
合い挽き、卵、玉葱(なければ、オニオンスープの素)、マヨ、塩胡椒、片栗粉(ハンバーグ表面につける)、コンソメ、ナツメグ(少々:入れすぎない)、赤ワイン
「私は真夏が羨ましいよ」
「何で?」と真夏はハンバーグの中央付近にお箸を差し込むと切り込みを入れて半分に避く。開いてみると肉汁がたっぷりと、ジュワッと溢れ出した。
「見て見てッ!凄い肉汁…いただきまーす」
「私は真紘が羨ましいけどな…」
「何で?」と真紘もハンバーグを口に運ぶ。
「だって一人じゃないんだもん。ご両親は生きてる」
「料理だってお母さんに教えてもらえる」
「うちはお母さんがレシピを残してくれなかったから、うちの家庭料理はもう再現できないから…だから」
「それだけで幸せだと思うな」
「死んだら親孝行もできないんだよ」
「それ言われると何も言えなくなるじゃん」
「私は真夏みたいに家を出て一人で独立して独り立ちしたい」
「真夏は凄いと思う。ずっと一人でやってきて」
「でさ、話し変わるけど将暉の悩みって何だったわけ?」
真夏はドキッとした。
「いや、なんかさ」
「どうしたの?急に。なんかあった?」
バイクの件を真紘に話そうとしたが、ためらわれた。
「あのさ…真夏って、他人には本当によく見てくれるし、お節介するくらいな世話焼きなくせに、自分のことは全く言わないよね?心を開かない…開けないのかな」
「そ、そんなことないよぉ…わたしは、悩みがないだけ」
…真紘の言うとおりだった。私はただ明るく周りに振る舞ってるのは、自分の心を見透かされたくないんだ。
自分を否定されるのが怖いから。だから、心にもないことを言ってしまう。面倒くさい女なんだ。分かってる。自分でも。私が心底、心を開ける人なんて。もう金輪際現れたりしないのかもしれない。
「…好きな人とかいないわけ?真夏は」
「え?わ、私ぃ?いるわけないでしょ」
私はまだ心の整理ができてない。本当に。3年も経つのに。簡単に人を忘れることなんてできやしない。それが好きな人ならなおさら。
だから、好きな人なんて出来るはずもない。
もし、出来るとするなら拓也を超えるくらいの人でないと無理だ。死んだ人は無敵だ。
死んだ当時のままで、私の脳裏に焼きついてる。私がこの先、歳を重ねていき、おばさん、おばあちゃんになっても、あの人は十八歳の時のままなんだ。
「私のことより、真紘は好きな人はいないわけ?」
「私はいるわよ」
「ええーッ!誰、誰?ねぇ!教えてよぉー!」
「将暉…。私、将暉が好きなの」
「…え?ま、将暉?へぇ…意外だなぁ…」
「あんな頼りなさそうなやつが好きなんだ…」
「だってカッコいいじゃん。バイクだってイジれる」
「まだ頼りないけどね。でもそんなのは、私がフォローしてあげれば済むこと。いつまでもガキで頼りないわけないでしょ?
大人になって、守るべき人が現れたら、彼は化けると思うわよ」
「へぇ…真紘って、人をよく観察してるんだね」
「私…応援してるよ」
「どうしたの?なんか急にテンション下がってない?」
「爆下がりって顔してるよ?」
「いや、意外だったからだよ。真紘ならもっと秀才のエリートみたいな人を好みそうだったし。長谷川とか…」
「そう見えるかな?やっぱり」
「うん。見える見える!」
「誰にも言わないでよね?約束だよ?」
「言うわけないでしょ!」
「私、後片付けしちゃうね…」
真夏は食器をまとめると台所に運んだ。
…真紘。将暉は私のことが好きなんだ。
どんな顔したらいいのか…私、分からなくなってきた。
将暉と一緒にいたら、真紘に誤解されそうだし。
バイクのことだけは、先に話しておいた方がいいかもね。
後々誤解されないように。何で言ってくれなかったの?とか言われそうだし。と思考を巡らせながら洗い物をしていると真紘が声をかけてきた。
「真夏!」
「…ビクッ!わ!ガシャーン!あ!割っちゃった」
「大丈夫?どうしたの?なんか今日の真夏おかしいよ」
「いやー、手が滑っただけよ。平気平気」
「でもさ…私は内心、真夏は意外と将暉が好きなんじゃないか?と思ってたんだよね?真夏は顔には決して出さないけどさ」
「なんで?そう見えるの?」
「う〜ん、なんでだろ?女の直感かな?勘ってやつよ」
「私があんな冴えないヤツ好きになるように見える?」
「だよね…あはあはは」
「拓也さんと雲泥の差だもんね」
「でしょ?私は私を守ってくれて、包んでくれるような男らしい人がタイプなの?真紘だって知ってんでしょーが」
「そうだったわね。でも…拓也さんはもう…」
「し、知ってるわよ。もう拓也は帰ってこない。私だって苦しいんだよ。ツライんだよ。だけど、私が泣いてる姿なんて、皆んなに見せられない。私は頼りになる真夏って存在じゃないといけない」と真夏は両手をぶるぶると振るわせていた。
「ごめんね…真夏の気持ちも考えずに」
「いいのよ。真紘は親友でしょ?真紘のまえでしか、こんな情けない私は見せらんないよ」
「真夏は情けなくなんかない。皆んなそう思ってる」
「…だから、なおさらツライのよ。私は。真紘」
「私は誰に甘えたらいいの?」
「ごめんね」と真紘は後ろから優しく抱いた。
真夏は今まで溜め込んでいたものが一気に解放されてしまっていた。「ううう…うわぁぁぁぁ。真紘!」
真夏は真紘の胸に顔を埋めて思い切り泣き叫んでいた。
真夏が相好を崩したのは初めてかもしれない。
真紘は初めてかもしれない。真夏がこんなにも苦しんでいたなんて誰にも想像できないだろう。

何だか自分が恥ずかしい…人前で泣くなんて。弱虫みたいじゃない。いつもは、気が強いふりしてるみたいじゃない。
情けなッ…哀れな私。何だか、心の中を丸裸にされてるみたい。一人じゃ何もできないヤツみたい。
「何だか、私…壊れてしまいそう」
「真夏…無理してたんだね。そんなに気を張らなくていいんだよ。真夏はもっと鼓舞して矜持するタイプかと」
「先生たちに対しても反駁してるし」
「でも、私ね。少しだけ安心しちゃった。はは」
「真紘?安心?」と真夏は泣き顔を起こすと、真紘の両腕を握りながら真紘の顔をマジマジと見つめた。
「だってさぁ…真夏って普通の女の子なんだなって!」
「…ッたりまえでしょーが。地獄の鬼かよ。私は」
真紘の胸が顔を埋めていた真夏は、顔を上げると…。
「真紘…アンタ胸デカい!」
「そうだ…私ね、真紘。夕方、将暉んちに寄って来たんだ」
「バイク直してもらおうと思って」
「バイク?」
「うん。拓也のバイク」
「ああ、何か言ってたね、そんなこと」
「アイツんちバイクショップだから、お願いしてきたの」
「さすがに、私でも機械はよく分からないし」と真夏は壁に貼ってある一枚の写真を見つめた。
拓也がどこかで写した写真だった。拓也はバイクをバックにどこかの風景を写していた。
いつか…いつか、真夏と一緒に見てみたい…
そんなことを笑顔で言ってた拓也の顔が脳裏をよぎった。
「あれ、拓也さん?」
「うん。どこかで写した写真をLINEで送ってきたんだ。それをプリントしたの。あの人、バイクで各地を回るの好きだったし」
「拓也とのLINEも私にとっては、かけがえのない宝物なの」
「もう返信は来ないけど…二度と。もう二度と返信はない」
「まだ残してるんだ?拓也さんとのLINE」
「うん。だって…だってさ。消せないよぉ。こんな大切なもの」
「私にとって、どんなものより大事なんだもん」と真夏はスマホを抱きしめた。
「分かるよ…何となくね。こんな事あまり言いたくはないけどね」
「そのLINEを消せない限り、真夏は立ち直れないような気がするな」
「真紘…ありがとうね。私が慰められてどうすんだよ」
真紘はそのままシャワーを浴びにバスルームに向かっていった。
真夏は拓也との最後に交わしたLINEを見て、せつなくなっていた。胸の奥から込み上げてくる熱いものが堪えきれないくらいに溢れ出してきた。
真紘には、内緒にしてるけど私自身がツライとき、拓也にLINEしてる。向こうで見てくれてるようで。返信は返ってこないけど。既読になることもないけど。
またいつもの調子でふざけた返信、スタンプが返ってくることもない。こんなくしゃった顔、真紘になんか見せられない。
真夏は真紘に見えないように手の甲で流れ出す涙を拭っていた。いつも、こんなんじゃないのに、誰かの温かさに触れたら、涙止まんないじゃん。
胸が苦しくて、苦しくて、たまんない。拓也…何で。何でなの。悲しい。私だけひとり置いて。父さんも、母さんも。
神さまは何で私にこんな辛くあたるわけ?
『私があなたに何かしましたか?』
もうこれ以上、私を苦しめないで。これまでずいぶんと自分を作ってきた。周囲の身近な私を取り巻く人たちに対して、自分を媚びすることなく、へつらうなんてあり得ない。
自分を自分自身で作り上げて、完璧なまで。これ以上に無いくらいの高望みは、青天井。
しかし、ここにきて一気に脆くも崩れ去ったのだ。親友の前だけだけどね。いいかげん中学までこなしてきた。
学年委員長の座は今回降ろさせてもらった。
要らぬ神経を使うのだ…これが。私は私のままでありたくなったのだ。飾らない自分自身に。
拓也が亡くなってからようやく3年の歳月が経過した頃から精神的にも落ち着きを取り戻し、ちょっとしたことで泣くことも無くなっていたが。
ここに来て、涙腺崩壊してしまったわけだ。真紘の優しさに触れてしまった。自宅に人を招くなど滅多にない。真紘だから許される特権というやつだ。
将暉は仕方ない。幼馴染だからである。家には入れたことなどないけど。だってうちは、男子禁制なんだ。私が決めたルールだ。もう「余計な恋」など一切したくない。
実際には、まだ拓也という壁から立ち直れてはいない。私のこれからの障壁であることは紛れもない事実。心は安定しているけど。
私は「恋する心」というやつを胸の奥底の引き出しにしまいこみ、鍵をかけて封鎖してしまった。keep outだ。黄色いテープで雁字搦めにしてしまった。
そして、表面上は、明るく活発な女子を演じているが、心の中は、感情のない女になってしまった。
普段、部屋の中ではひとり淋しく過ごしていることが多いが、大学に進学して、一端に社会人として生活できるようになるために勉強は惜しまない。
だって貧乏よりはいいじゃないか。
お金はたくさんあっても損はない。そんなことを拓也がよく言っていたのを思い出す。
私は真紘が床についたのを見計らって、バイトに出かける。週末は所長に頼まれている配達の仕事があったからだ。それと、バイクを乗りこなす練習もある。この夏の目標があるからである。今は内緒にしておくことにする。
「真夏…あ、確かバイトとか言ってたっけ?」
夜中に目が覚めた真紘は、やることもなく真夏の机に座ってみた。ふーん、日記とかつけてんだ。あの子。とパラパラとページを捲っていたら、紙切れが落ちた。ん?と拾い上げて中身を開いてみた。
「…ふ〜ん。そういうことか。なるほどね」